教官との出会い

私は昨年、(大学四年生当時)通っていた自動車学校の担当の教官と恋愛関係になりました。彼との出会いは昨年の夏ごろ、大学四年生だった私は無事に就職活動も終えていました。内定先で自動車免許の取得が必要だったため、夏休みに入ると同時に教習所へ通い始めました。とはいえ、私、大学入ってからすぐに通い始めた、巷で少し厳しいと有名な教習所を、自分のあまりの運転の出来なさと教習所の厳しさに耐えきれず、途中で断念していました。それから、「自分には運転は向いていないんだ…」と自信を無くしたため、トラウマをもった上での再挑戦でした。しかし、今回は自分の「ただ免許がほしい」という気持からではなく、内定先から要されたため、取りざるを得ませんでした。あれからだいぶ時間は経ったし、今回は少し優しいと言われている教習所だから頑張ろう、と意を決して入校しました。不安ながらも、時間と気持ちに余裕があった私は思ったほど滞ることもなく、順調に教習が進んでいきました。そして教習もなかばに近づいたある日、30代くらいの男性の教官が担当となりました。彼は今まで受けた教官の中でも非常に親しみやすく、私のトラウマの話も受け入れたうえで優しく丁寧な指導をしてくれました。それから、特に指名したわけでもないのですが、偶然にも機会のシャッフルによって何回か担当してもらっていました。彼との教習でいつの間にか不安な気持ちがなくなっていき、むしろ、教習所で彼に会えるのが楽しみな生活になっていました。そして、彼を指名し、担当教官へとなってもらいました。入校したての頃は、特に服やメイクも適当で、ただ教習が進むことを中心に考えていたのですが、その頃から教習のことよりも、彼に会うことで頭の中がいっぱいでいつも服やメイクも完璧にして通っている自分がいました。もう彼を男性として好きなっていました。しかし、嬉しいのか悲しいのか、教習段階はどんどん順調に進んでいき、気が付けば卒業間近でした。このまま彼と会えなくなるのは悲しい、何かしたいとさんざん悩んだ結果、免許が取れたら報告と感謝の手紙を書いて、連絡先を書くことに決めました。来なかったらそれまでだったし、もし来たら卒業しても彼とは連絡が取れる!と賭けることに決めたのです。そして無事に試験にも合格し免許取得の報告へ行きました。ドキドキでしたが、彼も大変喜んでくれて、返事が来なかったとしても、お礼を言えたからそれでよかったと思えました。そしてその晩、なんと彼から返事が来たのです。私は嬉しくて嬉しくて信じられませんでした。それから彼とプライベートで連絡をとりあうようになり、ご飯へ行く約束をしました。教習所を卒業して1か月間、当日までの彼とのやりとりは「幸せ」以外の何物でもありませんでした。教習所以外で会うのは初めてだった初デートの日、緊張しながらも、無事にご飯を終え、また次の約束も取り付け終えました。帰宅し、しばらく呆然とし、やっと落ち着くともちろん「楽しかった」と思ったのですが、同時に「不安」な気持ちも入り混じっていました。それは彼が教習所の頃にいたような気さくに話しかけてくれる、いつも話題を提供して楽しませてくれる彼とはどこか少し違っていたのです。それでも彼のことが好きだった私は「初めてでお互い緊張もあったし、お仕事終わりで疲れていたのもあるかも」と都合よく考えていました。そしてそれから何度かデートを重ね、付き合う事になりました。やはり嬉しいのと同時に不安もありましたが、それでも教官だったころの彼が強烈に好きだったため、その姿をどこか重ねてみていたのかもしれません。しかし実際のプライベートの彼は休日で1日デートをしても彼は教習で見ていたころの彼とは違うのだ、と思知らされるばかり。だんだん「迷惑なのかな…」と思うようになり不安な気持ちが募って行きました。車中はほぼ無言、デートの場所は全部自分で決める、食べ物の好き嫌いが多すぎる、などプライベートでしか見えない彼とのギャップがあまりにもありすぎたため、程なくしてそれに耐えきれなくなり、お別れをしました。恋は盲目とはまさにこのことだなと思い知りました。http://cashing-college.net/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%9F%E3%82%B9/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%9F%E3%82%B9%E5%AF%A9%E6%9F%BB%E7%94%98%E3%81%84.html

目標だけは高く

何年前になるだろう・・目標は、一千万円‼️なんて、できもしないだろう目標をたてたのは。何年か前からは、雑誌などで、何年で一千万円貯めただの、こうすれば夢の一千万円に近づくだの、自分の手元に一千万円があるわけでもないのにワクワクしたり、今、この手元に一千万円があれば何しようだとか、いやこの塊をくずしては意味がないからあと100万多めに貯めて100万円をお祝いでパーッと使おうなんて、夢のまた夢である。雑誌を切り抜き、スクラップして、また夢の中へ。そうでも実際は、貯金なんて、スズメの涙ほどもない。結婚して、すぐに子供ができ、つわりだの出産だの、3人の子供達に日々おわれ、気づけばもう、13年だ。羽が生えたようにでてゆくお金。バタバタと走ってきたこの13年。私には、本当に貯金というものを考える余裕がなかった。器用な主婦なら、子育て、その子の為の未来の貯金をしてきたであろうが、私にはそんな器用さはない。夢の一千万が頭をちらつかせながら、今週のお休みは、どこにいこうかなんて、ワクワクしていたりする。そう不器用な上、遊ぶのが大好きなのである。それも、近くの公園に手作り弁当を持って❗️などではなく、テーマパークやら、大型ショッピングモールだの、人が沢山いるとワクワクして、テンションがらあがる。子供の教育費は❓私たちの老後は❓なんて、今頃焦りだす。そして今度は、私貯金がありません!なんて記事をみて、安心をしてみるのである。モビット審査甘い口コミはホント?【審査通るコツはここで】

ちりも積もれば

お金がためられない人がいる。私がおすすめしたいのは「昭和40年代小銭貯金」
その名のとおり、昭和40年代以前の小銭を強制的に貯金箱に入れるのだ。買い物をしておつりをもらったら、帰ってから必ず財布の中身を確認する。そこに昭和40年代以前の小銭が入っていたら、それが100円玉だろうが1円玉だろうが問答無用で貯金箱に放り込む。それだけである。500円玉は新硬貨に変わったためだろうか、今までそこまで古いものにはお目にかかったことはないので安心してほしい。そして案外100円玉には昭和40年代のものが多いので、そこは覚悟しておこう。
私は古銭集めが好きで、いずれ少なくなってしまうであろう小銭のコレクションとしてはじめたことがきっかけだった。しかし存外かなりの頻度で手に入る。ならばいっそ貯金してしまおう。となったのだ。
この貯金を続けて早数年。すでに100円玉は100枚を超えた。つまり小銭貯金も積もれば諭吉になって帰ってくるということだ。もちろん月々の紙幣単位の貯金も別にしている。ここで大切なのは、「予定外にこんなにお金がたまった」という達成感である。
もし小銭貯金をやりたいならば、この方法をおすすめする。楽しんで行えるはずだ。時々昭和30,20年代の小銭に出会うとまたこれも、小さな幸せだったりもする。プロミス審査についてはこちら